横浜地方裁判所 昭和38年(ワ)665号 判決 1964年8月15日
原告 三和陸送株式会社
被告 郡山第一運送株式会社
主文
被告は原告に対し金壱万六千九百弐拾円およびこれに対する昭和参拾八年八月弐拾五日以降完済まで年五分の金員の支払をせよ。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを四拾分し、その弐を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
この判決は原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し金四〇八、二八一円およびこれに対する昭和三八年八月二五日以降完済まで年五分の金員の支払をせよ。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として
「一 原告は自動車販売会社より報酬を受けて商品自動車輸送の請負業務を行うものであるが訴外ダイハツ工業株式会社より小型貨物四輪自動車ダイハツ六三年型新車(車輛番号F一〇〇-五三九二四号。以下被害車という。)の輸送依頼を受け、原告の被用者訴外伊東良勝にこれを運転輸送させ、同人は昭和三八年三月一三日午後一一時四〇分頃同車を運転して栃木県塩谷郡氏家町大字長久保二五九番地先国道四号線の路上左側部分を福島方面に向け時速約四〇-五〇粁の速度で進行中、折から被告の被用者訴外南条文男は被告の業務のため被告所有の大型貨物自動車(車輛番号福一あ-二〇七〇号。以下加害車という。)を運転して右道路上を反対方向より時速約五〇-六〇粁の速度で進行してきたが、運転者としては道路交通法の定めるところにより酒気をおびて運転することを避け且つ道路の進行方向左側部分を通行すべき義務があるのにかかわらずこれを怠り、当時呼気一リツトルにつき〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する酒気おび運転をなし、道路の中央線相当部分を進行方向の右側へ越えた部分を進行した過失により、右加害車を被害車に激突させ、よつて同車を破損した。しかして、訴外南条の右行為は被告の業務執行中のできごとであるから被告は右南条の使用者として、本件衝突事故によつて原告が被つた損害を賠償すべき義務がある。
二 右事故により原告は、前記輸送依頼人ダイハツ工業株式会社に対し被害車の修理費金四〇六、三六一円を弁償し、また同車の輸送目的を達することができなかつたのでこれを東京都大田区南六郷一丁目四八番地所在ダイハツ工業株式会社東京工場より事故現場までおよび同車修理のため事故現場から右工場までの往復距離約四〇〇粁の間の輸送に要したガソリン約四〇リツトルの燃料費金一、九二〇円合計金四〇八、二八一円の損害を受けた。
三 よつて、原告は被告に対し右損害額合計金四〇八、二八一円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三八年八月二五日以降完済まで民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求めるためこの請求をする。」
と陳述し、
被告の抗弁に対し「(一)原告が被害車の輸送につき訴外住友火災海上保険株式会社との間に損害保険契約(任意保険)を締結していたので右会社から昭和三八年七月三〇日本件事故による車輛の損害保険金の給付を受けたことはこれを認めるが、その金額は金三九一、三六一円であつて被告主張のごとく金四〇六、三六一円の損害給付全額ではなくその一部であつて、右保険金を受領したのは、右保険会社から原告に対し本件事故が被告の被用者南条の海路交通法違反(通行区分違反および酒気おび運転)によるものであるからまず原告より被告に請求をなし回収不能の限度で保険金の請求をすべき旨申入があつたのであるが、かかる手続によつては長年月を要するので、原告より被告に対して訴訟を提起し、被告が判決を任意に履行しないときは強制執行により回収できた損害金は右金三九一、三六一円に満つるまで右保険会社に支払う約定で右保険金を受領したものであるから原告はなおこの金員を同会社に支払うべき義務を負担しているのであつて、原告としては未だその損害はてん補されていないわけである。(二)被告主張の和解は成立せずして終つたものである。」と反論した。
被告代表者は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として「請求の原因中、原告がその主張の業務に従事するものである。」ことおよび「訴外南条が加害車を運転していて同車と原告の被用者の運転する被害車とが衝突した。」ことはいずれもこれを認めるが、その余は争う。」と述べ、仮定抗弁として「かりに本件事故につき訴外南条に過失があり、かつ、被告に原告主張の損害賠償の責任があるとしても、(一)原告は被害車につき訴外住友火災海上保険株式会社の損害保険(任意保険)に加入していたので、右会社から昭和三八年七月三〇日本件事故による車輛の損害に対する保険金四〇六、三六一円を受領しているから、右金額は原告主張の損害賠償額金四〇八、二八一円から当然控除されるべきものである。(二)右主張が認容されないとしても、本件事故に関し昭和三八年五月上旬原・被告間において右事故に関する損害賠償額は金四六、〇〇〇円とする旨の裁判外の和解が成立している。よつて、右いずれの点よりしても原告の本件請求は失当である。」と述べた。
証拠<省略>
理由
一 「原告がその主張の業務に従事するものである。」ことおよび「訴外南条が本件加害車を運転していて同車と原告の被用者の運転する本件被害車とが衝突した。」ことはいずれも当事者間に争いがない。しかして、右事実とその方式および趣旨により真正に成立した公文書と認める甲第一号証、いずれも成立に争いのない同第三ないし八各号証ならびに証人伊東良勝の証言および原告代表者尋問の結果とを綜合すれば、「原告は訴件ダイハツ工業株式会社より本件被害車を仙台まで輸送する旨の依頼を受け原告の被用者訴外伊東良勝にこれを運転輸送させ、同人は昭和三八年三月一三日午後一一時四〇分頃、栃木県塩谷郡氏家町大字長久保二五九番地先国道四号線の路上左側部分を福島方面に向け時速約五〇粁の速度で進行中であつたところ、被告の被用者訴外南条は、被告の業務執行としてビール空ビンを運搬のため被告所有の貨物自動車を運転して右道路上を反対方面より時速約四七粁の速度で進行してきたが、運転者としては、酒気おび運転を避け、かつ道路の進行方向左側部分を通行すべき義務がある(道路交通法第六十五条、第十七条第三項、道路交通法施行令第二十七条)のにかかわらずこれを怠り、当時呼気一リツトル中に〇・二五ミリグラム以上のアルコールを身体に保有する酒気おび運転をなし、漫然と道路の中央線相当部分を進行方向右側へ越えて進行したため加害車の右側を被害車の右側に接触させて本件事故を発生させ被害車の運転者伊東に安静加療約三週間を要する右上腕及び手、背部打撲等の傷害を負わせたほか被害車を損傷して物的損害を与えたものである。」ことが認められ、他に右認定を覆えすにたる証拠はない。
右認定事実によれば、本件事故は、被告の被用者訴外南条の過失によつて発生したものと解すべく、しかも、南条が被告の事業の執行につき生ぜしめたできごとであるから、被告は、民法第七百十五条第一項本文に則り、右南条の使用者として本件事故に因り原告が被つた損害を賠償する義務がある。
二 よつて、進んで損害の数額について按ずるに、証人鷲北実の証言、同人の証言により真正に成立したと認められる甲第二号証および原告会社代表者尋問の結果によれば、「原告は訴外ダイハツ工業株式会社に対し運送契約上の義務として被害車の本件事故に因る破損修理費金四〇六、三六一円を弁償する債務を負担するに至つたので、原告は右会社との間で前者が後者に対して有していた他の車の運送賃債権と右損害賠償債務とを対当額で相殺弁償した。」ことが認められ、更にすでに認定した事実と右鷲北証人の証言および原告代表者尋問の結果を綜合すれば、「原告は前記運送契約上の被害車輸送の目的を達することができなかつたので、同車を訴外ダイハツ工業株式会社東京工場から事故現場までおよび修理のため事故現場から右工場まで往復輸送に要した燃料費として金一、九二〇円を支出した。」ことが認められ、右各認定を妨げる証拠はないから、以上合計金四〇八、二八一円が本件事故に因り原告のこうむつた物的損害額となる。
三 そこで、被告の各抗弁について案ずるに、(一)「原告が本件事故による被害車の損害につき昭和三八年七月三〇日訴外住友火災海上保険株式会社から自動車損害保険金を受領した。」ことは当事者間に争いがなく、「右損害保険契約は本件被害者の陸送について原告と右保険会社との間に締結された任意のもので右受領金額は金三九一、三六一円であつた。」ことは原告代表者尋問の結果によりこれを肯認しうべくこの認定を覆えすにたる証拠はないから、この保険金は当然本件訴求額から控除さるべきものであつて、被告は結局原告に対して、右差引残額金一六、九二〇円を支払うべき義務を負うものといわねばならない。しかして、この点に関する原告主張の右保険金支払の特約については、損害保険の性質および効力にかんがみ保険会社は自己が填補すべき現実に生じた損害額を確定して保険契約上の給付の決済をしようと意図したものにほかならず被告から回収不能の損害額のみを填補するというがごときことは損害保険の機能を否定しその効力を没却することになるから、法律通念上右特約はかかる趣旨のものではないと認められる。すなわち、本件において原告が受領した右保険金は、原告に対する第一次的で終局的な損害てん補の性質をもつたものであると解するを相当とすべく、したがつて、この点に関する原告の主張は採用できず、被告の抗弁は右範囲内で正当である。(二)次に、被告の和解成立の抗弁については、本件にあらわれた全立証によるもかかる和解が成立した事実を肯認しえないから、この点についての被告の抗弁は失当である。
四 されば、結局被告は原告に対して本件自動車事故に因る損害未填補金一六、九二〇円およびこれに対する本件記録上および暦算上訴状送達の日の翌日たること明らかな昭和三八年八月二五日以降完済まで民法所定の年五分の遅延損害金を支払う義務があるから、原告の本件請求はこの限度内においてのみ正当として認容すべく、その余は失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十二条本文を、仮執行の宣言について同法第百九十六条第一項、第三項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 若尾元)